『校正の研究』第五、校正の方法 > 一、活字の知識 - しろもじ作業室

出典:大阪毎日新聞社校正部編『校正の研究』(大阪毎日新聞社・東京日日新聞社、1928年)pp. 69–80

うわづら文庫で公開されているスキャン画像 kosei_kenkyu.pdf(2008-07-05 現在「未整理」に分類されている)の pp. 85–96 による。

第五、校正の方法

一、活字の知識

活字を離れ、活版術を離れて校正の存在はない。活字と活版術の知識は、校正者にとつて絶対的なものである。殊に、活字と、その附属物の種類や、性能を知らないでは、完全な校正ができない。校正の職につくものは、まづ最初に活字をはじめ、その附属物であるところの込物、約物、罫線などの名称、型、大きさから、その相互の関係と、実際の作業とを明かにせねばならない。そこで、校正の方法を研究する前に、校正を必要とする活版術、主として活字について記してみたい。

わが国の活字は、最も古い固有のものと、支那、朝鮮から伝来したものとがあつて、銅字や木字による活版術が、維新前までつゞいてゐた。今日普通に使用する合金活字は、さきにも記したとほり、千四百五十年、グーテンベルヒが手刷の印刷機とともに発明したものに端を発し、安政年間、長崎の本木昌造翁が、欧文活字にもとづいて、漢字の鋳造を始め、のちになつて、その弟子が国内に弘通したものである。そしてこの重宝で、しかも耐久力の強い活字は、いつの間にか徳川時代の木版を駆逐してしまひ、こゝに明治の文化とともに、新しい活版の時代が来たのである。

この合金活字の成分は、鉛に錫とアンチモニーを加へたもので、およそ鉛七十、錫五、アンチモニー二十五といふのが、普通の配合になつてゐる。鉛は主成分であつて、活字に延性を与へ、アンチモニーは堅さを加へ、また錫は強さを増し、かつ字面を滑かにするものである。そして、わが基本活字は、本木翁が、当時外国の書籍印刷に多く用ひられてゐたスモール・パイカ(一インチ七十二分の十一の方形、十一ポイント活字)に模して作つたもので、これを五号といつた。それより小さいのは六号、七号、八号、大きいのは四号、三号、二号、一号、初号まであつて、大きさは五号が七号の二倍、二号が五号の二倍といふ風にきまつてゐた。これをわかりやすく表で示すと、活字の号数の関係各行の上から下へ、順次に二倍大になつてゐる。活字には深さと幅といふものがあつて、深さは字面を縦にして見た長さ、幅は字面を横にして見た長さである。こゝにいふ二倍とは深さをいふので、活字の面積からすると四倍大にあたる。

けれども実際において、同じ大きさであるべき活字も、鋳造所によつてその寸法が違つてゐた。その差といつても、微小なものではあつたけれども、元来活字の組版は、極めて精密なものであるから、不そろひの活字を用ひると、字間や行間の締りがきかず、たちまち印刷効果に影響するのである。自然、どこの印刷所でも、新聞社でも、ある一定の鋳造所のものを専用することを余儀なくされ、その間に、すこしも融通がつかなかつた。

活版術の古い歴史を持つ欧米諸国においても、久しい間、これとおなじ悩みがあつた。そこで、何らかの単位をきめて、活字の大きさを一定してはどうかといふ議が熱心に唱へられ、その結果、大きさを精確にはかるポイント式といふのが完成され、十九世紀に入つて、広く用ひられるようになつた。ポイント式とは、一インチの七十二分の一を単位とし、それ/"\の活字の大きさを、その倍数できめたものである。漢字をはじめて鋳造した本木翁の考案も、外国の例によつたものであるが、その後めい/\勝手に鋳造し、その間に何らの統一もなかつた。明治三十三年になつて、東京築地活版製造所が率先して、最も精確なアメリカのポイント式を採用し、新活字を売出した。つゞいて、各鋳造所もこれにならふやうになつたが、各号の名称は、ほゞ旧活字の号数によつてゐる。小規模の印刷所などでは、このポイント式活字の便利なことは承知してゐても、従来の活字を全部、一時にこれに替へることは多くの費用がかゝるので、まだ旧活字を用ひてゐるところが多い。

わが社は明治四十一年十一月、全国の新聞にさきがけして、ポイント式を採り、十ポイントをもつて基本活字(五号)としたが、紙面の収容力を増すために、今日までに幾たびか字型の縮小を行ひ、最近、さらに七ポイントに引下げた(昭和三年四月一日実施)。つぎに、わが国活字の高さも、これまですこしづゝ差異があつたが、近ごろ、インターナシヨナル式に統一されるやうになつた。わが社もまたこれによつてゐるが、その高さは一インチの千分の九百十八である。

活字各部の名称は、こゝに挿入した写真で明かであらうが、「腹」の中ほどに、「ネツキ」といふ凹みがある。これは活字の向きを見るに便したもので、ネツキにおや指があたるかどうかといふことでそれがわかる。活字工はこの微妙な触覚によつて、手早い作業をつゞけてゆくのである。活字各部の名称

わが国に独特の活字がある。それは漢字にごく小さい平仮名をつけたもので、これを「ルビつき」といつてゐる。昔の雑誌新聞は、旧五号活字に、その半分にあたる七号の仮名文字をつけたものであるが、欧文活字で、わが旧七号と同じ大きさをルビーといふので、この振仮名にその名を冠したのである。今日では、活字の大小となく、すべて仮名をつけることをルビつきといつてゐる。そして、ある文章の漢字全部につけることを総ルビ、むつかしい字だけにつけることをパラルビといふ。このパラルビ式のものが、近ごろの新聞紙上に多く見られるやうになつた。とにかく、かうした活字の二重生活は、世界中どこにもないことである。しかも、今日の五号のやうにルビつきの活字のできない時代には一々こくめいに、一つの漢字に二つ三つづゝのルビをつけてゐたもので、その時間と手数のかゝることは非常なものであつた。

また、ルビをつけない活字を単字といひ、ベタ(わが社ではウス)ともいつてゐる。わが新聞の本文一行は、通常、五号十五字詰で、各行ごとに「インテル」(薄い亜鉛の板)をはさみ、その間をあけて読みよくしてゐる。わが社の五号ウス活字を、一枚のインテルもつかはずに組むと、一段百五十六行、字数二千三百四十個になる。

一般の印刷物における普通活字の書体は、「明朝」といふものである。本木翁ははじめ清朝の書体にならつて、楷書体といふのを採つてゐたが、その後新に字母をつくるにあたり、便宜上、明朝の康煕字典から、一々文字を切抜いて版下にした。これが明朝の名の起りである。これについで、最も多く用ひられるのは、「ゴシツク体」(わが社などではゴジツクといふ)で、いはゆるゴシツク式建築から工夫された欧文活字を模したものである。明朝体の文字は、横の線が細く、縦の線が太くて、すこぶる読みやすい。また、ゴシツク体は、縦も横も、同じやうに線が太くて、刺激が強い。たゞしその濫用は、印刷面をきたなくするうれひがある。そこで、雑誌新聞は、印刷面の調和と均斉とを保つために、明朝を主とし、見出しその他特殊の場合に限り、ゴシツクを用ひてゐる。活字の書体は、このほか、楷書(清朝とも書く。清朝の書体といふ意味であるが、あやまつてセイテウとよんでゐる)隷書、行書、南海堂、フアンテル、丸ゴシツクなど、使用の範囲の極めて狭いものがあるにすぎない。いはゆる欧文活字(アルフアベツト活字)は、字数がすくなくて、容易に好きな書体をつくることができるので、非常に種類が多く、ほとんど無限といつてもよいが、わが国の活字は多数で複雑な漢字の関係上、種類もすくないのである。

活版といつても、決して活字だけでできるものではない。大小の活字と、さま/"\の附属物とを組合せるもので、この附属物の働きで、活字を生かしもすれば、殺しもする。そのおもなものをあげると、込物、約物、罫線などであらう。込物とは、字間、行間などに適度のあき[「あき」に傍点]をつくるためのもので、印刷面にあらはれぬやうに、活字よりも六分の一低くできてをり、その種類は大小十幾つある。このうちで、校正者に縁の深いものは、字間のスペーシと、行間のインテルで、その厚薄のえ[「え」は「江」の草体]らび方で、印刷効果が余ほど違ふのである。約物とは、括弧、句読点、圏点、各種の記号などである。また罫線とは、輪郭、界線、または装飾用のもので、これも種類がすこぶる多い。このほかに、オーナメントといふものもあれば、花形、カツトなどといふものもある。以上の附属物については、雑誌新聞は、およそつねに使用すべきものを一定してゐるが、一般印刷では、その用途に応じて、多種多様のものを、巧妙に駆使せねばならない。なほこれらの附属物は、活字と同じ合金製のもの、または亜鉛製、真鋳製のものもある。

活字や附属物の鋳造については、各種の精巧な機械がある。わが社は現在トムソン式鋳造機を東京に六台、大阪に六台備へつけてゐる。これは自動的に、鋳造と同時に仕上げが最新式のもので、一台一時間の製造能力、五号活字六千乃至七千二百個。かりに一時間七千二百個として、一日八時間の製造高五万七千六百個にのぼるのである。字母の如何によつて、どんな大きさでも自由にできるが、主として明朝の五号、四号、二号の鋳造用に供し、絶え[「え」は「江」の草体]ず古い活字と取替へてゐる。殊に五号は、記事における使用率平均一・四回で、広告には一回以上用ひない。わが紙面の印刷鮮明なことは、もとより他にも理由はあるけれども、かうして、活字がつねに新しいといふことが、最も大きな力になつてゐる。なほ、わが社では手廻し鋳造機六台、邦文モノタイプ若干台で、各号の活字を補給してゐる。

印刷機械については、こゝにくはしく記述する余裕をもたないが、およそ五世紀の沿革を経て、手刷から高速度輪転機の時代に入つた。わが国においても、わが社が去る大正十一年、アメリカのアール・ホー会社から、高速度輪転機を輸入したのをさきがけに、早くも高速度輪転機の時代にならうとしてゐる。その後、わが社は、年を逐うて発行部数の激増を来し、従前のまゝでは、印刷力の不足を感ずるやうになつたので、新に一時間四ページ十二万枚を刷出す、驚くべき能力を有する大印刷機六台を考案し、同じアール・ホー会社に命じて製作させた。これは単にわが国最初のものであるばかりでなく、欧米先進国のどこでも、まだ見ることのできない世界印刷界の最大威力である。わが社は、これと同時に、イギリスのライノタイプ会社から、ジユニアー型複式自動鉛版鋳造機二台を購入したが、これは自動的に、一分間六個の速度で、鉛版を鋳造する能力を有するもので、わが国では、右の大輪転機とともに、最新最鋭のものである。

わが新聞事業の躍進は、今日右のやうな画時代的の印刷機や、鉛版鋳造機を必要とするやうになつたのであるが、ひとり活字工場だけは、大新聞社においても、活字鋳造の方面を除いては、全然機械化されてゐないのである。いふまでもなく、外国は組版においても、とくに機械の時代になつてゐる。ライノタイプや、インタータイプなどの植字機の発明は、その印刷物生産の速度と、数量とをどれほど加へたか知れない。記事の起草についても、ほとんどみなタイプライターを用ひてゐるが、わが国はまだ鉛筆や、ペンや、時代おくれの毛筆をさへ捨てることができない。かうして「手」で書いた原稿により、「手」で版を組んでゐるのである。

わが国の新聞事業が、このやうに、まつたくかたわの状態にあるのは、――いな、新聞社といはず、その他すべての印刷事業が、執筆と組版の点において、はなはだしいハンヂキヤツプをつけられてゐるのは、どういふわけであるか。いふまでもなく、千数百年来、わが国字となつてゐる「漢字」の影響にほかならない。これがわが印刷業の発達を妨げる根本的病所なのである。「手」による原稿、「手」による組版が、どんなに多くの誤謬を生むか、わが校正が、外国にくらべて、一層困難なのは、これらの手わざと、活字数のあまりに多いことにある。かうして原稿や組版の難渋、漢字の多数と複雑から起る活字の誤と、絶え[「え」は「江」の草体]ざる戦をするものが校正者なのである。

をはりに、大阪毎日新聞社で用ひる普通活字を示すと、左のとほりである。普通活字

右のほかわが社は、書籍その他出版用として、明朝の一号(二七ポイント)、四号(一二ポイント)、五号(九ポイント半)、六号(八ポイント)の各種を備へつけてゐる。この書の本文は、このうちの五号活字である。

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