出典:大阪毎日新聞社校正部編『校正の研究』(大阪毎日新聞社・東京日日新聞社、1928年)pp. 132–142
うわづら文庫で公開されているスキャン画像 kosei_kenkyu.pdf(2008-07-05 現在「未整理」に分類されている)の pp. 148–158 による。
今日社会生活と活版印刷物とは、片時も離れることができない。一とほりの活版の知識は、常識としても必要であるが、殊に多く印刷を利用するものは、同時に校正用の記号を知ることが便利である。これは自分の書き物の校正について、工場のむだをはぶき、かつ誤をすくなくする途である。
校正上の文字や記号は、はつきりと記せ。元来差替係は、筆者や校正者の指図どほりに、活字を挿入れ、取去り、または置替へるものであるから、筆者、校正者は、明瞭に書入れるといふことが大事である。
第一、誤字を正す場合は、曖昧な字や、乱雑な字で書くと、差替に時間がかゝるばかりでなく、新な誤を生ずる危険がある。だから、筆跡は楷書ではつきりと、そしてなるべく活字面を避けて、空欄へ訂線を引き、その末端に記さねばならない。そしてこの訂線は、すでに自分の読みをはつた方、すなはち、現に筆をつけつゝある行から右へ引くこと、また、行の中央から上に誤のある場合は、右上、下にある場合は、右下の空欄へ引くことを忘れてはならない。もし訂線を、これから読まうとする左の方へ引くと、その線の下の字が間違つてゐるやうな場合、はなはだ厄介である。また、書入れた正字の位置によつて、誤の所在を知ることは、差替を敏速にさせるわけである。むろん実際上、ゲラ刷に誤が多くて、この原則どほりにゆかないこともあるが、とにかく、らちもなくあちこちへ、くも[「くも」に傍点]の巣のやうに線を引きまはすことは禁物である。なほ訂線は細くて、短いものほどよい。
第二、活字の顛倒や、組違ひなどの誤植を正し、または組版の体裁をとゝのへる場合は、その個所で、特殊の記号を書く。一般に本木昌造翁の工夫にもとづき、すこしづゝ変更したものを採つてゐるが、簡単であるから覚え[「え」は「江」の草体]やすい。つぎに、大阪毎日新聞の記号をかゝげる。そのうち、ヌキとあるは、わが社だけのもので、他は多くトルと書き、大阪朝日新聞ではヌクと記してゐる。
アメリカの記号は、文字の関係から、わが国のよりも複雑である。ハイド氏の著書によると、
都合四十八の多きにのぼつてゐるが、近来努めて単純化しようとするふうがある。つぎに、大阪毎日新聞社発行「英文毎日」の用例を示すと、そのうち
(取り去れ)は、ラテン語 delere の頭字をとつたもの、その反対の stet(そのまゝにせよ)は、同じく stare から出てゐるので、十七世紀ごろまでの、ヨーロツパ印刷界の片影をとゞめてゐるものである。そのころの書籍といへば、ほとんどラテン語で、印刷者はみなその語学者であつた。




最後に、校正に直接関係あるわが社の活版用語を記しておく。
大阪毎日新聞社で用ひる活版用語中、直接校正に関係あるものだけを記す。
[[*]をつけた項目では、画像を左へ90°回転させて示した。]
| ルビ | ruby 欧文の七号活字。わが国では振仮名をいふ。 |
| ルビつき | 漢字に振仮名をつけること。また振仮名つきの活字をいふ。 |
| ウス | 振仮名をつけない漢字。単字。ルビつきに対していふ。本社特有の用語。他所ではベタといふ。 |
| ミンテウ | 明朝の書体による活字。普通印刷物は主としてこれを用ひる。 |
| ゴジツク | gothic ゴシツク体の活字。見出しまたは特殊の場合に用ひる。ゴシツクともいふ。 |
| ゲタ | 活字が裏向けにはいつてゐること、下駄はくといふ。 |
| カク | 画または角。活字と同じ大きさを全角といふ。半角、四分の一角などもある。字詰の指定に用ひる。 |
| チヨン | 読点。 |
| チヨンつき | 活字に圏点をつけること。また圏点つきの活字をいふ。 |
| リーダー[*] | leader チヨン/\/\といつてゐる。字間をつなぐ場合、時には語句のをはりなどに用ひる。 |
| ポツ | 字間の連絡を示す黒点。主として片仮名に用ひる。 |
| マル | 句点。 |
| シヅク | ナミダともいふ。感嘆符。 |
| ミミ | 疑問符。 |
| オンビキ | 音引き。 |
| ヒツカケ[*] | カギともいふ。引用符。一重のものは単にヒツカケまたはカギといひ、二重のものは二重ヒツカケまたは二重カギといふ。 |
| パーレン[*] | parenthesis の略、括弧。 |
| キツコー[*] | パーレンの一種。 |
| コーモリ[*] | 同上。 |
| カツト | cut 小さな絵型。紙面の飾りのために用ひる。 |
| ハナガタ[*] | 花形。多くは組合せて用ひる装飾活字。 |
| ウロコ (またはサンカク) | 字句や文章などを句切るときに用ひる。白と黒とを区別していふ。 |
| ヤツコ (またはヒシ) | 同上。多くは項をわけるときに用ひる。 |
| タスキ(ブツチガヒ、 またはペケ) | 同上。 |
| コミ | 込物の略。 |
| インテル | inter 行間に入れる亜鉛板。インテルの厚さによつて、全角アキ、二分(全角の二分の一のこと)アキ、四分アキなどゝいふ。 |
| ケイ(セン)[*] | 罫または線。記事の句切りや飾りに用ひる。裏罫 |
| ヤマゲイ[*] | 主として記事の句切りに用ひる罫。 |
| ラン[*] | 欄。主として枠に用ひる太い罫。 |
| ハナラン | 花欄。主として飾りに用ひる罫。 |
| ボウ[*] | 棒。字間をつなぐ場合、時には語句のをはりに用ひる。単柱。 |
| 二ホンボウ[*] | 二本棒。字間をつなぐ場合、または標題の上下などに用ひる。双柱。 |
| (注)単柱、双柱は罫に属する長さのものにも用ふる語。 | |
| タナセン | 紙面の段を仕切るために用ひる罫。 |
| オーナメント[*] | ornament 装飾用の罫。 |
| (注)欄、花欄、オーナメント、花形は、いろ/\の種類がある。 | |
| ゲラ | galley 校正用試刷に用ひる組盆。 |
| ゲラ刷 | ゲラで刷つたもの。校正刷りともいふ。 |
| テウスウ | 丁数。原稿のつゞきを示す番号。 |
| ノンブル | nombre ゲラ刷に打つた番号。 |
| ペーチづけ | 各ゲラの隅に入れてある番号。 |
| ダンラク | 段落。略してダンともいふ。 |
| ハサミ | 挟み。ある記事中へ罫で仕切つて他の記事を挟みこむこと。 |
| アキ | 字間または行間をあけて組むこと。 |
| テンチアキ | 天地あき。行の上下をあけて組むこと。 |
| ハシラ | 柱。罫で囲んだ総括的の標題。 |
| カブセ | 字句、文章、中見出しなどを行のはじめにかぶせて組むこと。 |
| ケイマキ | 飾りのため記事の四方を罫で巻くこと。 |
| ハコ | 箱組の略。 |
| ナガス | 順に左横へ組んでゆく普通の組み方。ハコに対していふ。 |
| ポイント | point 活字の大きさを測る単位(一インチの七十二分の一) |
| ケース | case 活字を配列して納めてある函。 |